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2025/12/31 立派であろうとする人へ

宗教家と政治家

春先の午後だった。都内の小さな庭園に面した小さな和室で、私は一人の男と向かい合っていた。秘書、護衛は、視界にはいなかった。

 

男は現職の内閣閣僚である。名刺には肩書きがいくつも並ぶが、ここでは必要ない。

男は言った。

「私は、国のために尽くしています。 批判も多いですが、覚悟はあります」

私は不覚にも失笑した。彼は真剣だ。嘘はない。だが、ありきたりの口上だ。自分の緊張が解けた。

「失礼。お詫び申し上げる。あなたは、国のために尽くしている“つもり”なのですね」

男は少し眉をひそめた。

「覚悟がなければ、ここまで来られません。 選挙も、調整も、批判も、楽ではない」

それに私はうなずいた。

「では、お伺いしますね。 あなたは“何になろう”として、ここに座っているのですか」

 

— 立派であろうとする心

男は即座に答えた。

「立派な政治家です」

私は少し間を置いた。よい答えを得た確信があった。

「それは、誰にとって立派なのですか」

「国民にとってです」

「では、国民が拍手を送れば立派で、 罵声を浴びせれば、立派ではないのですか」

男は黙った。

「あなたは、“立派であろう”とすることで、 すでに他人の評価に飼われてはいませんか」

 

— 権力という名の重い衣

私は続けた。

「あなたの着ているその衣は、重そうですね」

男は、自分の着ているスーツを見た。

私は言った。

「責任です」

「責任という衣は、 脱ぐことができないと思った瞬間、 人はそれを誇らずにはいられなくなります」

男はしばらく考え、その後、私を一瞥した。

私は、続けた。

「己の責任というものを、 “自分が正しい理由”にしなければいられない、ですよね。 そうすると、自分が正しいので、 人に耳を貸さなくなります」

 

— 政治屋と政治家の分かれ道

男は、少し声を低くした。

「では、私はどうすればよいのですか」

それは揶揄でもなかった。

男は、すでに己の姿に気づいていた。

私は即答しなかった。

庭の鹿威しの甲高い音が鳴るのを待って言った。

「政治屋は、“何を成したか”を語ります。 政治家は、“何を手放したか”を語れます」

「手放す?」

「名声。 正義感。 自分が国を導いているという感覚。 そして、“私は必要な人間だ”という思い込みです」

 

— 無用の用

私は庭の石を指さした。

「あの石は、道の真ん中にあります。 邪魔ですよね」

「ええ」

「しかし、あれがあるから、 人は自然と歩調を緩め、道を外れ、 互いに譲り合う」

「役に立たぬものが、 もっとも役に立つこともあるのです」

男は、一瞬、頬を緩め、その後、しばらく考え込んだ。

 

— 最後の問い

帰り際、私は一つの問いを残した。

「あなたがいなくなっても、 国が静かに回るなら、 それは失敗ですか、成功ですか」 男は答えなかった。 だが、その沈黙は、 先ほどまでよりもずっと深かった。

 

立派であろうとする心は、しばしば人を縛る。その縛りを、自らほどいていくところから、ようやく政治は始まるのかもしれない。

 

 

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