079-245-0780
〒672-8023 兵庫県姫路市白浜町甲2379
立派であろうとする人へ
春先の午後だった。都内の小さな庭園に面した小さな和室で、私は一人の男と向かい合っていた。秘書、護衛は、視界にはいなかった。
男は現職の内閣閣僚である。名刺には肩書きがいくつも並ぶが、ここでは必要ない。
男は言った。
「私は、国のために尽くしています。 批判も多いですが、覚悟はあります」
私は不覚にも失笑した。彼は真剣だ。嘘はない。だが、ありきたりの口上だ。自分の緊張が解けた。
「失礼。お詫び申し上げる。あなたは、国のために尽くしている“つもり”なのですね」
男は少し眉をひそめた。
「覚悟がなければ、ここまで来られません。 選挙も、調整も、批判も、楽ではない」
それに私はうなずいた。
「では、お伺いしますね。 あなたは“何になろう”として、ここに座っているのですか」
男は即座に答えた。
「立派な政治家です」
私は少し間を置いた。よい答えを得た確信があった。
「それは、誰にとって立派なのですか」
「国民にとってです」
「では、国民が拍手を送れば立派で、 罵声を浴びせれば、立派ではないのですか」
男は黙った。
「あなたは、“立派であろう”とすることで、 すでに他人の評価に飼われてはいませんか」
私は続けた。
「あなたの着ているその衣は、重そうですね」
男は、自分の着ているスーツを見た。
私は言った。
「責任です」
「責任という衣は、 脱ぐことができないと思った瞬間、 人はそれを誇らずにはいられなくなります」
男はしばらく考え、その後、私を一瞥した。
私は、続けた。
「己の責任というものを、 “自分が正しい理由”にしなければいられない、ですよね。 そうすると、自分が正しいので、 人に耳を貸さなくなります」
男は、少し声を低くした。
「では、私はどうすればよいのですか」
それは揶揄でもなかった。
男は、すでに己の姿に気づいていた。
私は即答しなかった。
庭の鹿威しの甲高い音が鳴るのを待って言った。
「政治屋は、“何を成したか”を語ります。 政治家は、“何を手放したか”を語れます」
「手放す?」
「名声。 正義感。 自分が国を導いているという感覚。 そして、“私は必要な人間だ”という思い込みです」
私は庭の石を指さした。
「あの石は、道の真ん中にあります。 邪魔ですよね」
「ええ」
「しかし、あれがあるから、 人は自然と歩調を緩め、道を外れ、 互いに譲り合う」
「役に立たぬものが、 もっとも役に立つこともあるのです」
男は、一瞬、頬を緩め、その後、しばらく考え込んだ。
帰り際、私は一つの問いを残した。
「あなたがいなくなっても、 国が静かに回るなら、 それは失敗ですか、成功ですか」 男は答えなかった。 だが、その沈黙は、 先ほどまでよりもずっと深かった。
—
立派であろうとする心は、しばしば人を縛る。その縛りを、自らほどいていくところから、ようやく政治は始まるのかもしれない。
修生会
住所 兵庫県姫路市白浜町甲2379 電話番号 079-245-0780 アクセス 白浜の宮駅より徒歩10分
26/01/09
26/01/08
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春先の午後だった。都内の小さな庭園に面した小さな和室で、私は一人の男と向かい合っていた。秘書、護衛は、視界にはいなかった。
男は現職の内閣閣僚である。名刺には肩書きがいくつも並ぶが、ここでは必要ない。
男は言った。
「私は、国のために尽くしています。 批判も多いですが、覚悟はあります」
私は不覚にも失笑した。彼は真剣だ。嘘はない。だが、ありきたりの口上だ。自分の緊張が解けた。
「失礼。お詫び申し上げる。あなたは、国のために尽くしている“つもり”なのですね」
男は少し眉をひそめた。
「覚悟がなければ、ここまで来られません。 選挙も、調整も、批判も、楽ではない」
それに私はうなずいた。
「では、お伺いしますね。 あなたは“何になろう”として、ここに座っているのですか」
— 立派であろうとする心
男は即座に答えた。
「立派な政治家です」
私は少し間を置いた。よい答えを得た確信があった。
「それは、誰にとって立派なのですか」
「国民にとってです」
「では、国民が拍手を送れば立派で、 罵声を浴びせれば、立派ではないのですか」
男は黙った。
「あなたは、“立派であろう”とすることで、 すでに他人の評価に飼われてはいませんか」
— 権力という名の重い衣
私は続けた。
「あなたの着ているその衣は、重そうですね」
男は、自分の着ているスーツを見た。
私は言った。
「責任です」
「責任という衣は、 脱ぐことができないと思った瞬間、 人はそれを誇らずにはいられなくなります」
男はしばらく考え、その後、私を一瞥した。
私は、続けた。
「己の責任というものを、 “自分が正しい理由”にしなければいられない、ですよね。 そうすると、自分が正しいので、 人に耳を貸さなくなります」
— 政治屋と政治家の分かれ道
男は、少し声を低くした。
「では、私はどうすればよいのですか」
それは揶揄でもなかった。
男は、すでに己の姿に気づいていた。
私は即答しなかった。
庭の鹿威しの甲高い音が鳴るのを待って言った。
「政治屋は、“何を成したか”を語ります。 政治家は、“何を手放したか”を語れます」
「手放す?」
「名声。 正義感。 自分が国を導いているという感覚。 そして、“私は必要な人間だ”という思い込みです」
— 無用の用
私は庭の石を指さした。
「あの石は、道の真ん中にあります。 邪魔ですよね」
「ええ」
「しかし、あれがあるから、 人は自然と歩調を緩め、道を外れ、 互いに譲り合う」
「役に立たぬものが、 もっとも役に立つこともあるのです」
男は、一瞬、頬を緩め、その後、しばらく考え込んだ。
— 最後の問い
帰り際、私は一つの問いを残した。
「あなたがいなくなっても、 国が静かに回るなら、 それは失敗ですか、成功ですか」 男は答えなかった。 だが、その沈黙は、 先ほどまでよりもずっと深かった。
—
立派であろうとする心は、しばしば人を縛る。その縛りを、自らほどいていくところから、ようやく政治は始まるのかもしれない。
修生会
住所 兵庫県姫路市白浜町甲2379
電話番号 079-245-0780
アクセス 白浜の宮駅より徒歩10分