国家は守られたのか――天武朝に見える「存続」を超えた構想

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国家は守られたのか――天武朝に見える「存続」を超えた構想

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2025/12/29 国家は守られたのか――天武朝に見える「存続」を超えた構想

天武天皇の時代を、単に「日本国家形成の一時期」として捉えるなら、見落としてしまうものがある。それは、この時代の政治的緊張と制度整備が、「日本を守る」ことそれ自体を最終目的としていなかった、という点である。

壬申の乱を経て成立した天武朝は、危機の中から生まれた政権であった。王権の正統性は揺らぎ、豪族の力関係は流動化し、外部世界――とりわけ大陸の情勢――は、もはや単なる「遠い出来事」ではなかった。この時代において、「国家を存続させる」とは、国境線を守ることでも、民族的純粋性を保つことでもない。それは、秩序が壊れずに機能し続ける世界を、いかに構築するかという問いであった。

天武天皇の政治は、しばしば中央集権化、律令制への道筋、天皇権威の確立として語られる。しかしそれらは、防衛反応というよりも、広域的で持続可能な統治原理を内在化させる試みとして読むことができる。外来の制度や思想を排除するのではなく、むしろ積極的に咀嚼し、再編し、内部に組み込んでいく。それは「外からの脅威」に対する拒絶ではなく、不安定な世界の中で有効に機能する枠組みを選び取る行為だった。重要なのは、天武天皇が見据えていた世界が、「日本」という単位に閉じていなかったことである。

当時の日本は、東アジア秩序の一角に過ぎず、むしろ周縁に位置していた。その中で、どの価値を共有し、どの制度を採用し、どの関係性を維持するか。それは、国家の存続というよりも、世界の中で破綻しない立ち位置をどう確保するかという選択の連続であった。この視点に立つと、天武朝の改革は、単なる「内政改革」ではなく、将来にわたって安定的に機能する陣営の一部として自らを位置づける試みであったことが浮かび上がる。そこには、敵と味方を単純に分ける発想はない。あるのは、機能する秩序と、機能しなくなった秩序の峻別である。

歴史は、しばしば「誰と戦ったか」「何を排除したか」で語られる。しかし天武天皇の時代は、「何を残し、何を組み替え、どの構造を未来に渡したか」という観点から読む方が、実像に近いのではないか。それは、短期的な勝敗ではなく、長期的な持続を選び取る政治であった。国家は、守られたのか。むしろ、守られたのは「国家という形が意味を持ち続けられる世界」であったのかもしれない。天武朝の政治が今日にまで語り継がれる理由は、そこにある。

歴史は繰り返さない。だが、存続を賭けた時代が選び取る思考の型は、静かに姿を変えながら、いつの時代にも現れる。
天武天皇の時代は、そのことを雄弁に物語っている。

 

 

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