079-245-0780
〒672-8023 兵庫県姫路市白浜町甲2379
分かったつもりの場所で
人の話を聞いていると、ときどき不思議な場面に出会う。 言葉は正しく使われているようで、何度も繰り返され、よく噛みしめているようにも見える。けれど、その言葉が指している中身には、まだ触れていない――そんな気配が漂うことがある。
周囲にいる人には、それが案外はっきりと伝わってくる。 「分かっていない」というよりも、「分かったと思っている地点で、立ち止まっている」ように見えるのだ。
では、そのことを本人に理解してもらうことはできるのだろうか。 正面から指摘すれば、たいていは言葉の応酬になる。 説明すればするほど、ますます同じ言葉が反芻されるだけ、ということも少なくない。
もしかすると、理解とは「伝える」ものではなく、「気づく」ものなのかもしれない。 言葉が空回りしているとき、人はまだ、言葉の外側にあるものを見ていない。 そこに触れるには、少し時間が必要だったり、経験が必要だったり、あるいは沈黙が必要だったりする。
分かっていないことを分かっていない、と知る瞬間は、誰にとっても静かで、少し居心地が悪い。 だからこそ、その扉は外から無理に開けるものではないのだろう。 開くとすれば、本人の内側から、ふとした拍子に。
修生会
住所 兵庫県姫路市白浜町甲2379 電話番号 079-245-0780 アクセス 白浜の宮駅より徒歩10分
26/01/30
26/01/28
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人の話を聞いていると、ときどき不思議な場面に出会う。
言葉は正しく使われているようで、何度も繰り返され、よく噛みしめているようにも見える。けれど、その言葉が指している中身には、まだ触れていない――そんな気配が漂うことがある。
周囲にいる人には、それが案外はっきりと伝わってくる。
「分かっていない」というよりも、「分かったと思っている地点で、立ち止まっている」ように見えるのだ。
では、そのことを本人に理解してもらうことはできるのだろうか。
正面から指摘すれば、たいていは言葉の応酬になる。
説明すればするほど、ますます同じ言葉が反芻されるだけ、ということも少なくない。
もしかすると、理解とは「伝える」ものではなく、「気づく」ものなのかもしれない。
言葉が空回りしているとき、人はまだ、言葉の外側にあるものを見ていない。
そこに触れるには、少し時間が必要だったり、経験が必要だったり、あるいは沈黙が必要だったりする。
分かっていないことを分かっていない、と知る瞬間は、誰にとっても静かで、少し居心地が悪い。
だからこそ、その扉は外から無理に開けるものではないのだろう。
開くとすれば、本人の内側から、ふとした拍子に。
修生会
住所 兵庫県姫路市白浜町甲2379
電話番号 079-245-0780
アクセス 白浜の宮駅より徒歩10分