己の信仰を確かめようとする人に出会う

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己の信仰を確かめようとする人に出会う

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2025/12/15 己の信仰を確かめようとする人に出会う

私は、修生会を主宰している。祖父もそうであったが、どのような信仰をしている人にも、門戸を開いていた。私も、相手がどのような信仰をもっていてもかまわなかった。自分自身も、他の宗教を隔てる理由もなく、他の寺社教会を訪ねていた。

私は、寄り道をしたくなった。そして、街の外れにある古い教会の前を通りかかった。

 

扉は閉じていたが、十字架の影が午後の地面に長く伸びていた。
扉から少し離れたところに一人の男が立っていた。
胸に手を当て、唇が動いている。
私は、問うてみた。
「影に祈っているのか、それとも光に祈っているのか」
男は驚いてこちらを見た。

「いえ……。
祈りが足りているかを問うていました」
私は、問い直した。
「祈りが足りる、とは、信仰できているのか、ということかな」

「聖書には、絶えず祈れ、とあります。
でも私は、仕事に追われ、苛立ち、疑いも抱いてしまう。
これで本当に、信仰していると言えるのか、不安なのです」
私は、彼の前方に立ちはだかる教会の大きな扉を押してみた。

「君が一途なのは分かるよ。さっき扉を押したのだね? でも開かなかった。それで、
『自分の振る舞いが間違っている。自分の信仰が足りていない』と思ったのか。」

「そうなのです。しかし、ただ、鍵が掛かっていると思いました」

「それでいいのだよ。信仰も同じだよ。
心が閉じているとき、祈りの回数を増やしても、通じないよ」

「しかし、努力しなければ信仰は、、、」
ことを難しく考える男だと私は思った。私は地面の十字架の影を指さした。

「太陽が動けば、影も動く。
影が動いたからといって、十字架が揺れたわけではない」

「……信仰は、私の感じ方とは別に、あるということですか」

「君か感じる祈りは、君の祈りの力そのものではなく、海の波のようなものだ。
高まる日もあれば、凪の日もある。
だが海そのものは、消えてはいない」
男は静かにうなずいた。

「でも、十分な信仰ができていないかもしれないと疑いを持つ私は、神に遠い気がします」
彼が、気にしている部分をあからさまにしてきたと感じた。私は少し考え、こう言った。

「疑いは、神を失った者の印ではない。
神を、まだ間近かに置いている者の証だ」
私は、続けた。
「神を信じていない者は、疑いもしない」
雲が流れ、曇ってきた。十字架の影が消えた。

「では、信じている確信が得られないままに日々を生きるしかないというのでしょうか」

「祈れているかを問わなくてもいいではないか。
ただ、こう問うてみたらいいのではないか。
『今日、私は神から逃げていたか。今、私は神から逃げていないか』
それだけだよ」

「逃げていなければ……」

「たとえ怒り、迷い、沈黙していても、
そこに立っているなら、すでに信仰の道の上だ」
「君は、わざわざに難しいことに意識を向けず、いつも喜んで、そして、すべてに感謝すればいいと知っているはずだ。
男の顔から、張りつめていたものが、少しほどけた。

「信仰とは、正しく歩くことだと思っていました」

「正しく歩こうとする者は、足元ばかり見る。
信じて歩く者は、光を、あるいは風を感じる」
私は教会を離れながら、こう思った。
真摯であるが故に信仰は悩ましい。
人生で幾度もその確からしさを問われるだろう。
だが、信じる限り、疑わしさを越えていく。
寄り道の多い問答であった。寄り道をしようとして、出会った出来事だからなのだろう。

 

 

修生会

住所 兵庫県姫路市白浜町甲2379
電話番号 079-245-0780
アクセス 白浜の宮駅より徒歩10分

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