天智から天武へ――古代日本の秩序再編と、その中心にいた人々の物語

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天智から天武へ――古代日本の秩序再編と、その中心にいた人々の物語

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2025/12/12 天智から天武へ――古代日本の秩序再編と、その中心にいた人々の物語

日本古代史の中でも、天智天皇から天武天皇へ至る政権交代は、単なる皇位継承ではなく、国家の秩序そのものが組み替えられた大きな転換点であった。
その背景には、外圧・内紛・理念の衝突が複雑に絡み合い、さらにその只中で奔走した人々の強い意思と行動があった。

以下では、当時の歴史を「政治秩序の再設計」という観点から整理しつつ、主要人物の心情に迫る形でまとめてみたい。


1. 外圧と内圧が高まる中での天智天皇の国家構築

7世紀半ば、日本列島は大陸情勢から大きな影響を受けていた。
百済滅亡、新羅と唐の連合圧力、そして白村江の敗戦――これらは、従来の豪族中心体制のままでは対応できない危機であった。

● 天智天皇の課題

  • 海外情勢に左右されない強い中央集権体制の整備

  • 豪族の力を抑えつつも、完全に排除しきれない政治的制約

  • 外交の主導権を取り戻すための制度改革

天智天皇は、
「外からの影響を受けながらも、その内部で統治構造を近代化する」
という難しいバランスの中で国家改造を試みた。

大化改新、近江令の制定など、今日の律令国家の雛形が形づくられたのは、まさに天智の治世である。

しかし、豪族勢力との折り合い、大陸の政変、朝廷内の派閥対立などもあり、天智の構築した体制は「強固」と言えるものではなかった。
外圧が強く、国内の利害も複雑に絡み、どこか“揺れたまま”の体制であったと言える。


2. 天武天皇――国家ビジョンを再構築した統治者

天智崩御後、壬申の乱が勃発する。
これは皇位継承をめぐる争いであると同時に、
天智期の「揺れる秩序」を根本から作り直すかどうかをめぐる大規模な政治決戦
でもあった。

● 壬申の乱を制した天武天皇

乱に勝利した天武天皇は、天智が築こうとした中央集権体制を、さらに徹底的に強化していく。

彼は、

  • 皇統の一本化(八色の姓による王権秩序の整備)

  • 国家儀礼・祭祀の再編

  • 律令体制への本格的着手

  • 都の整備と軍事力の再編

  • 日本という国家名称の使用(日本国の意識化)

これらを急速に進めた。

天武の治政は、
国家ビジョンを自らが示し、その方向へ豪族・官人を引きつけていく「引力の政治」
であったとも言える。

大陸の影響を受けすぎず、かといって孤立もせず、
独自の国家としての日本
を形づくるための“内側からの再編成”であった。


3. 高市皇子――秩序再編を支えた実務の要

天武天皇の死後、その理念を現実の行政・政治へ落とし込んでいったのが、
高市皇子(たけちのみこ)
である。

高市皇子は、天皇の実子でありながら、「政治家」として卓越した行動力を持っていた。

● 太政大臣としての高市皇子

持統朝の時代、彼は太政大臣として朝廷を支え、行政の中枢で天武路線の継続を担った。

  • 豪族の調整

  • 政策の遂行

  • 都の移転(藤原京建設)の準備

  • 国家祭祀の継承

  • 律令完成への政治的後押し

高市皇子の役割は、天武の掲げた“国家ビジョン”を、
現実の制度として固定化し、揺るぎないものにするための実務的・政治的奔走
であった。

彼の働きによって、豪族は新体制に組み込まれ、天武・持統が思い描いた中央集権国家が完成に近づく。

後世の律令国家の礎は、天武の理念と高市皇子の政治力の両輪で固まったと言える。


4. 天智→天武→高市という「秩序再編の三段階構造」

この時代の流れを整理すると、次のような構造が見えてくる。

1) 天智天皇:揺れる外圧の中で“改革の骨組み”を作った人物

外的影響を受けつつも、近代化への方向性を定めた。

2) 天武天皇:国家ビジョンを明確にし、体制を再構築した人物

理念の提示と強力なリーダーシップで、改革を方向づけた。

3) 高市皇子:理念を制度へと落とし込み、実務を担った人物

実効的な政策遂行で豪族をまとめ、新体制を完成へ導いた。

三者の役割は、
構想 → 再編 → 実装
という連続的過程として理解することができ、古代日本の“国家づくり”を立体的に捉えることが可能となる。


5. 「奔走した人々」の心情を想像する

史書に記されるのは政策や出来事だが、そこに至るまでには、それぞれの人物の強い思いと葛藤があったはずだ。

  • 天智天皇は、外圧の中で「失敗は許されない」という焦燥

  • 天武天皇は、戦乱を越えて「自らの国家像を実現する」決意

  • 高市皇子は、父の理念を引き継ぎつつ「現実の政治を動かす」重圧

歴史は制度で動くように見えるが、実際には人が動かすものであり、
その背後には必ず“心”がある。

千年以上前の出来事であっても、
「揺れる体制をどう立て直すか」
「豪族や周辺勢力をどうまとめるか」
「次の時代の秩序をどう設計するか」
という課題に向かい合った彼らの姿には、現代の読者にも響くものがあるだろう。


結び

天智・天武・高市皇子の時代は、日本という国の形が一度ほどけ、
再び組み直されていく大転換期であった。

その変革は、制度だけではなく、
人々の意思・思想・覚悟
の積み重ねによって成し遂げられたものである。

この時代の歴史を振り返ることは、
「国家の秩序とは何か」
「どのようにして体制は再編されるのか」
を考えるうえで、今も大きな示唆を与えてくれる。

 

 

 

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