「中今瞑想」を日常に――頭のおしゃべりを静め、今に帰るための15分

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「中今瞑想」を日常に――頭のおしゃべりを静め、今に帰るための15分

お知らせ

2026/09/01 「中今瞑想」を日常に――頭のおしゃべりを静め、今に帰るための15分

瞑想する人

修生会では、「中今瞑想(なかいまめいそう)」をおすすめしています。

瞑想というと、特別な姿勢をとったり、呼吸を数えたり、難しい修行をしたりするものを想像されるかもしれません。
中今瞑想は、もっと簡単です。
基本は15分間。
楽な姿勢で座り、頭の中のおしゃべりを追いかけず、静かになるようにつとめます。
それだけです。
そして、中今瞑想で本当に大切にしているのは、その15分間だけではありません。
15分間の瞑想を練習として、普段の生活の中でも、必要のない考え事から離れ、「今」に戻る時間を少しずつ増やしていくことを目指しています。

「中今」とは

「中今」は、「なかいま」と読みます。
古くから日本で用いられてきた言葉で、過去から未来へと続いていく時間の中の「今」を意味する言葉として受け取られてきました。
私たちは、過去を思い返すことができます。
また、未来について考えることもできます。
それは必要なことです。
昨日の失敗を反省することも必要でしょう。
明日の予定を考えることも必要でしょう。
しかし、実際に私たちが生きることのできるのは、いつも「今」だけです。
ところが人間は、身体は今ここにありながら、頭の中では、
「あの時、こうすればよかった」
「あの人はどういうつもりだったのだろう」
「明日はどうなるだろう」
「こうなったら困る」
と、過去や未来を行ったり来たりしています。
中今瞑想では、そうした頭の中のおしゃべりに気づいたら、その続きを追いかけず、また今に戻ります。

「考えないようにする」のではありません

中今瞑想では、「頭の中のおしゃべりをやめる」と説明しています。
ただし、無理に思考を押さえ込むという意味ではありません。
何か考えが浮かぶこと自体は、ごく普通のことです。
「明日、電話をしなければ」
と思い出した。
それなら、必要であればメモ用紙に一言書いておけばよいのです。
そして、その続きを頭の中で考え続けない。
また静かに戻ります。
「考えてしまった。失敗した」
と考える必要もありません。
気づいたら、追いかけない。
また戻る。
中今瞑想では、この繰り返しを大切にしています。

中今瞑想の方法

特別な作法は設けていません。
15分ほど、楽な姿勢で過ごします。
床に座っても、椅子に座っても構いません。
目は閉じたほうが楽であれば、閉じてください。
呼吸法も特に定めていません。
時計は、時間が気になったときに楽に見られる場所へ置いておくとよいでしょう。
何か思い出したことを忘れたくなければ、そばにメモ用紙を置いておくのもおすすめしています。
始めるときにも、終わるときにも、特別な儀式は必要ありません。
何となく始めて、15分ほど経ったら何となく終わる。
そのくらいでよいと考えています。
なぜなら、中今瞑想を日常生活から切り離された特別な時間にしたいわけではないからです。

マインドフルネスや禅とは、どう違うのでしょう

瞑想について調べると、「マインドフルネス」「呼吸瞑想」「坐禅」など、さまざまな言葉が出てきます。
中今瞑想にも、それらとよく似た部分があります。
たとえば呼吸瞑想では、呼吸という一つの対象に注意を向け、気がそれたら再び呼吸に戻ります。
マインドフルネスでは、呼吸や身体感覚、感情、頭に浮かんだ考えなどに気づき、それをすぐに良い悪いと判断せず観察していく方法があります。
禅の坐禅にも、浮かんだ考えを追いかけず、そのままにするという考え方があります。
中今瞑想は、これらと重なるところがあります。
ただし、中今瞑想では、呼吸など特定のものへ集中することを必須にはしていません。
また、頭に浮かんだ考えを詳しく観察すること自体を目的にもしていません。
考えが始まったことに気づいたら、その考えについていかず、「今」に帰る。
そこを重視しています。
そして、もう一つ大きな特徴があります。
15分間、上手に瞑想できることを最終目的にはしていません。
むしろ、15分間は日常生活のための練習です。

本当は、瞑想が終わってからが大切です

中今瞑想では、できれば日常生活の中でも、ときどき中今へ戻ってほしいと考えています。
歩いているとき。
食事をしているとき。
電車に乗っているとき。
掃除をしているとき。
人と話しているとき。
特に考えなければならないことがないのであれば、頭の中のおしゃべりを少し休ませてみます。
景色を見るなら、景色を見る。
食べるなら、食べる。
話を聞くなら、話を聞く。
もちろん、仕事の計画を立てるときには考えればよいのです。
問題を解決しなければならないときにも考えます。
大切なのは、
「考える必要があるときには考え、用が済んだら中今へ戻る」
ことです。

感情が揺らいだときにも使えます

中今瞑想は、感情が揺らいだ時、たとえば、悲しい、あるいは辛い出来事に出会ったときや、人間関係で腹が立ったときなどにも役立てることができます。
日常は楽しいことばかりではなく、悲しい、あるいは辛い出来事に出会うこともあります。
「なぜ私だけ」
「私は、いないほうがよいのではないか」
「もうムリ」
日常の怒りには、しばしば、
「普通はこうしてくれるはずだ」
「こんなことを言うべきではない」
「私はこう扱われるはずだった」
という、自分の期待と現実とのずれがあります。
その瞬間に腹が立つこと自体は、自然なことです。
しかし、その後になっても、
「あの言い方は何だ」
「あの時、こう言い返せばよかった」
「次に会ったら言ってやろう」
と考え続けると、出来事はもう終わっているのに、頭の中では何度も同じ出来事を繰り返すことになります。
そういうとき、
「ああ、今また考えているな」
と気づく。
そして、その続きをいったんやめて、今に戻ります。
相手を許さなければならない、ということではありません。
必要なら、後できちんと話し合えばよいでしょう。
距離を置く必要があるなら、そうすればよいでしょう。
しかし、その問題を考える必要のない時間まで、頭の中で何度も繰り返す必要はありません。
これも、中今瞑想の日常での使い方の一つです。

一度、中今瞑想を試してみませんか

修生会では、お祈りや瞑想のための来会に予約は必要ありません。
開門時間内であれば、「中今瞑想をしてみたい」と受付で一声おかけください。
2階の「道場」と呼んでいる神殿のある大広間で、自由に瞑想していただけます。
道場は畳敷きで、座布団のほか、胡床(こしょう)と呼ばれる椅子も用意しています。
修生会の会員でなくても利用できます。
他の宗教をお持ちの方も差し支えありません。
中今瞑想について初めて説明を聞きたい方は、できれば事前にご予約ください。
その都度、個別に説明できる日時をご案内します。
予約なしで来られた場合でも、都合が合えばご説明できることがあります。
中今瞑想の体験、説明ともに無料です。

来会案内

修生会
〒672-8023兵庫県姫路市白浜町甲2379
開門時間午前10時30分~午後5時
年末の12月30日・31日を除き、年中無休です。行事中は瞑想での利用ができません。
山陽電車「白浜の宮駅」から徒歩約10分。駐車場があります。
電話079-245-0780
お問い合わせフォームhttps://syusei.or.jp/contact/

まずは15分、「今」に戻る時間を

難しく考える必要はありません。
楽な姿勢で15分。
頭の中に言葉が浮かんだら、その続きを追いかけない。
また今へ戻る。
そして、できれば瞑想が終わった後にも、ときどき思い出してみてください。
「今、必要のないことを頭の中で考え続けていないだろうか」
そう気づいたら、また中今へ帰る。
何度離れても構いません。
何度でも帰ればよいのです。
中今瞑想は、そのための練習です。

 

 


修生会

住所 兵庫県姫路市白浜町甲2379
電話番号 079-245-0780
アクセス 白浜の宮駅より徒歩10分

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