カラスの死骸と歩道の草が教えてくれた命と思いやり

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カラスの死骸と歩道の草が教えてくれた命と思いやり

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2026/07/06 カラスの死骸と歩道の草が教えてくれた命と思いやり

アスファルトの上の静かな姿

朝の光は、まだ柔らかさを残しながらも、その日の暑さを予感させていた。
空はよく晴れ、日差しはすでに力を帯び始めている。駅へ向かう人々は、それぞれの予定に急ぎ、歩道には自転車も行き交っていた。どこにでもある平日の朝である。
私は駅へ向かって歩いていた。
その歩道は決して広くはない。建物が道際まで迫り、かつて大きな街路樹が並んでいた場所は、大きな切り株だけになっている。
その途中で、ふと視線が止まった。
歩道の脇に、一羽のカラスが横たわっていたのである。
街中でカラスの死骸を見ることは、あまりないことだ。まして、人通りの多い場所である。思わず足が止まりかけた。
最初に目に入ったのは、首から頭にかけての黒い羽だった。
だが、その次の瞬間、私は別のものに目を奪われた。
カラスの体には、青々とした草が掛けられていたのである。
何十本もあっただろうか。
摘み取られたばかりと思われる草は、まだみずみずしく、朝日に照らされて鮮やかな緑色を放っていた。
近くに生えていた草を誰かが手で摘み、その羽の上へ静かに置いたのだろう。
黒い羽と、生命力をたたえた緑。
その対照は、不思議なほど穏やかな景色をつくっていた。
私は驚いた。
しかし、不思議と恐ろしいとは思わなかった。
そこにあったのは死の印象よりも、人の気配だったからである。
名も知らない誰かが、このカラスの前で立ち止まり、草を摘み、そっと覆った。
その時間に、何分間もかからなかっただろう。
誰かに見せるためではない。
感謝されるためでもない。
写真に撮って発信するためでもない。
ただ、その人は、そのままでは忍びないと思ったのである。
その小さな行為だけが、そこに残されていた。
私は歩きながら、そのことを何度も考えた。
現代の都市は、とかく無機質だと言われる。
人とのつながりは希薄になり、隣人の名前さえ知らないまま暮らすことも珍しくない。
忙しさは思いやりを奪い、効率は立ち止まる時間をなくしていく。
そのような言葉を耳にする機会は少なくない。
確かに、その一面はあるのだろう。
しかし、その朝、見た光景は、それだけではないことを静かに語っていた。
人知れず草を掛けた人は、何も語っていない。
けれども、その行為は、言葉よりも雄弁だった。
人は、ときに説明することで伝える。
しかし、人はまた、何も説明しないことでしか伝えられないものも持っている。
思いやりとは、その代表なのかもしれない。
私は宗教に携わって、多くの儀式に立ち会ってきた。
人を送り、感謝をささげ、祈りを重ねる場面を数え切れないほど経験してきた。
しかし、それらの意味は、儀式そのものの形にあるのではない。
命に対して、どのような姿勢で向き合うかという心にある。
その朝、草を掛けた人は、おそらく宗教的な意味など考えてはいなかっただろう。
ただ、そのまま通り過ぎることができなかった。
その気持ちが手を動かした。
私は、そのことに深く心を動かされた。
思えば、人間という存在は、大きな善意によって支えられているのではない。
日々の暮らしの中にある、小さな配慮によって支えられている。
道を譲る。
落ちた荷物を拾う。
知らない子どもを見守る。
花に水をやる。
そして、誰にも知られないまま、一羽のカラスに草を掛ける。
そのような行為は、歴史には残らない。
新聞にも載らない。
誰かに表彰されることもない。
けれども、人間の社会は、その積み重ねによって成り立っている。
文明とは、高い建物や便利な機械だけでは測れない。
見えないところで、どれほど他者を思う心が息づいているか。
そのことのほうが、はるかに大切なのではないかと思う。
駅へ向かう人々は、皆、それぞれの一日を始めようとしていた。
その中の何人が、あのカラスに気づいただろう。
そして、その草を掛けた人は、もうその場所にはいなかった。
それでも、その人の思いだけは、確かに残っていた。
私はその日、駅へ向かう足取りの中で、何度も振り返るように、その光景を思い出した。
現代社会は、しばしば希望を失ったように語られる。
事件や対立、分断の話題は毎日のように目に入る。
だからこそ、私たちは知らず知らずのうちに、人間そのものへの信頼まで失いそうになる。
けれども、本当に社会を支えているものは、ニュースにならない。
誰も気づかない場所で行われる、小さな行為なのである。
私はその朝、一羽のカラスから、人の優しさを教えられた。
正確には、カラスが教えたのではない。
その前で立ち止まり、草を掛けた誰かが教えてくれたのである。
その人の名前を、私は知らない。
年齢も、性別も、職業も知らない。
もう二度と会うこともないだろう。
それでも、その人は私の心に、小さな何かを残していった。
人は言葉によって世界を変えることがある。
しかし、それ以上に、名もない行いによって、人の心を静かに変えることがある。
あの草を掛けた人が誰だったのか、私は知らない。
だが、その人の名を知らなくても、その心は確かに私へ届いた。
私たちは、人と言葉だけでつながっているのではない。
名もない行いが、時に一冊の本より深く、人の心に触れることがある。
あの日、街角で覆われていたのは、一羽のカラスだけではなかった。
私の中の、少し乾きかけていた「人を信じるまなざし」もまた、静かに青い草で覆われていたのである。

 

 


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