世界平和を祈るということ――神戸の海を望みながら

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世界平和を祈るということ――神戸の海を望みながら

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2026/06/06 世界平和を祈るということ――神戸の海を望みながら

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五月三十一日、生田神社において開催された世界連邦平和祈念式典に参列した。

当日は雲ひとつない青空が広がり、海の向こうには神戸の街並みが穏やかに見渡せた。世界では各地で争いや対立が続いているが、そのことを一瞬忘れてしまいそうなほど静かで平和な風景であった。

会場には行政関係者や各界の来賓、宗教関係者など、多くの人々が集まっていた。私も参列者の一人として、赤い花のリボンを胸に付け、祈りの場に身を置いた。

神事が始まると、鮮やかな装束に身を包んだ神職や巫女の姿が境内を彩る。青空の下で執り行われる厳かな儀式は、日本人が長い歴史の中で受け継いできた祈りの文化を感じさせるものであった。

しかし、ふと考える。

これほど多くの人々が世界平和を願い、祈りを捧げているにもかかわらず、現実の世界では今なお戦争や紛争が絶えない。

それならば祈りは無力なのだろうか。

私はそうは思わない。

祈りとは、まず平和への意思を確認する行為であると思う。私たちは日常生活の中で忙しさに追われ、ともすれば大切な価値を見失いがちになる。しかし祈りの場に集い、平和を願う言葉を共有することによって、自らの心の向かう方向を改めて確かめることができる。

そして宗教者としては、祈りには目に見えないところで世界に働きかける力もあると信じている。

その力を科学的な数値で示すことはできないかもしれない。しかし古来、人類は祈りを通じて希望を失わず、困難を乗り越えてきた。だからこそ今日もまた、多くの人々が祈りの場に集まるのであろう。

今回、私の前の席には兵庫県知事代理と神戸市長代理が座っておられた。式典が始まる前、お二人は和やかに言葉を交わしていた。

県政と市政は、それぞれ異なる立場と役割を担っている。時には意見の違いもあるだろう。しかし「世界平和」という共通の願いの前では、その違いを超えて意識を共有できる。その姿は、平和とは決して一人で実現するものではなく、立場や組織を超えた協力によって支えられるものであることを示しているように思えた。

また、そのような協力関係は首長だけではなく、日頃から行政を支える事務方の方々の信頼関係によっても支えられているのかもしれない。

神戸の街を眺めながら、改めて思う。

世界平和を願う集まりは、一度行えば終わりというものではない。

祈り続けること。
願い続けること。
そして平和への意思を持ち続けること。

世界に争いがあるからこそ、私たちは祈る。

すぐに結果が見えなくても、人々が平和を願う心を失わない限り、その祈りは決して無意味ではないだろう。

五月の青空の下、生田神社で行われた祈念式典は、そのことを改めて感じさせてくれるひとときであった。

 


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