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漢民族成立の記憶と華夏中国史民族形成を静かに辿る
日本の歴史を見つめていると、時折その背後に中国の長い時間が静かに立ち現れてくることがある。遣隋使や遣唐使を通して伝わった制度、文字、思想だけではなく、日本が自らを形づくる以前に、すでに大陸では巨大な歴史の流れが繰り返されていた。その流れの中で生まれたものの一つが「漢民族」という存在である。
しかし、漢民族という言葉を耳にすると、あたかも最初から一つの民族がそこにあったように感じてしまう。けれども実際には、漢民族とは最初から固定して存在していたものではなく、長い時間の積み重ねの中で徐々に形づくられていったものだった。そのことに気づくと、民族とは血だけで決まるものではなく、むしろ記憶や秩序や文化の積み重ねによって生まれてくるものなのだと感じさせられる。
中国の古代において、黄河流域の中原に住んでいた人々は、自分たちを後世のように「漢人」とは呼んでいなかった。彼らが自らを表すときに使ったのは「華」や「夏」、そしてそれを合わせた「華夏(かか)」という言葉であった。
この華夏とは、単に血筋を指すものではなく、礼を知り、秩序を守り、文明を共有する人々という意味を含んでいた。自分たちの住む中原こそが世界の中心であり、その周囲にはまだ教化されていない人々がいるという意識があったのである。
そのため周辺の人々は方角ごとに呼び分けられた。東には東夷、西には西戎、南には南蛮、北には北狄という呼び方があり、それぞれにどこか蔑みの響きが含まれていた。文明の内側にいる者と、外側にいる者。その境界がすでにこの時代から意識されていたことになる。
ただ興味深いのは、中原の人々が周辺を蔑みながらも、その周辺世界の産物に強く支えられていたことである。海に近い東方からは魚介や塩が入り、南方からは豊かな米がもたらされ、西や北からは馬や牛、羊、毛皮などがもたらされた。中原は文明の中心でありながら、決して閉じた世界ではなかった。むしろ周辺との関わりの中で、自分たちが何者であるかを意識していったのである。
やがて中国は戦乱の時代に入り、多くの国が争うようになる。春秋戦国の時代である。その中でも人々はなお華夏という文化意識を持ち続けていたが、まだ「漢民族」というまとまった民族意識は生まれていなかった。
転機となったのは秦の統一であった。秦は中国を初めて一つの国家としてまとめ上げたが、その王朝は短命に終わった。統一国家の骨格は作ったものの、民族の名として秦が残ることはなかった。
その後に続いた漢王朝は違っていた。漢は数百年にわたり続き、政治制度を整え、儒教を国家の中心に据え、文字や法や行政の仕組みを広い地域に浸透させていった。長く続く王朝は、単に国を治めるだけではなく、人々の心に共通した時間を刻んでいく。
その頃になると、周辺の民族から中原の人々は「漢の人」と見られるようになった。漢王朝の支配下にいる人々、漢の文明を持つ人々という意味である。そしてやがてその呼び方を、内側の人々自身も受け入れていった。ここで初めて「漢」という王朝名が、民族の名へと変わり始めたのである。
民族の輪郭は、自分だけで生まれるものではない。むしろ外側の存在によって、自分が誰であるかがはっきりしていく。
中国でもそれは同じだった。北方には騎馬民族がおり、西には異なる信仰を持つ人々がおり、南には言葉も習慣も異なる集団がいた。そのような異質な人々と接する中で、中原の人々は自分たちの文化を守ろうとし、自分たちを一つのまとまりとして見つめるようになった。
華夏という言葉は、もともとは文明の名であった。けれども漢王朝の長い時間を経て、その文明を担う人々そのものが「漢人」と呼ばれるようになっていった。そこには血統だけでは説明できない、長い共通体験の積み重ねがあったのだと思う。
民族とは生まれた瞬間から完成しているものではなく、周囲との関係の中で少しずつ形を得ていく。漢民族の成立には、そのことがよく表れているように感じる。
日本の歴史を考えるとき、中国はあまりに大きな存在である。制度も文字も思想も、多くは中国を経由して日本に届いた。だが、その中国自身もまた、初めから完成された一つの民族国家ではなかった。
華夏という文化意識があり、王朝が続き、周辺民族との関わりを重ね、その長い時間の中で「漢民族」という意識が生まれていった。その流れを知ると、日本史の背後にある東アジアの風景も少し違って見えてくる。
民族とは、血によって決まるものというより、むしろ長い時間の中で育まれていくものなのかもしれない。漢民族の成立を辿ってみると、そのことが静かに胸に残るのである。
修生会
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