2012年6月

お祓いのこと

2012年6月27日 by syuseikai

□お祓いをすればいいことがあるの?
祓(はらえ、はらい)は、罪や穢(けが)れ、災厄などの不浄を心身から取り除くための神事のことです。日常的な生活の中で、穢れてきますので、「ときどきお祓いをして、すっきりしましょう」と言うことなのです。

□お祓いは、穢れを除くためなの?
7世紀ごろの律令国家成立までの日本では、神に祈謝(きしゃ)・贖罪を行うために、神前で祈り、祓詞(はらえのことば)を奏したり、財物などを祓物として拠出したのです。それが穢れの祓いの本来的な作法です。つまり「神さま、お許しください」が基礎にあります。

律令国家が成立すると、中央政府が大祓によって国全体の罪穢れを祓うことになるのです。

許しを請うための方法の一部分が、現在のお祓いです。ですから、お祓いと呼ぶ作業が主ではなく、お祓いを受ける方が許しを請うために主なのです。

穢れと呼ぶ邪霊などをのけることで、気分がよくなり、判断も誤りにくくなります。また「穢れ」は「気枯れ(けがれ)」だとも言われています。

□社屋のお祓いは?
社屋、店舗、事業所、工場など、建物には、幽霊や他の霊体がよくいます。そのお祓いを定期的にするのもよいことです。1年に2度がめどになります。毎月してもよいでしょうし、一年に1度というのもあります。

給湯室に幽霊が出る、トイレに何かいると、社員が噂をしているというのもよくある話です。そうした場合は、とくにそのことでお祓いをさせていただきます。
 
□社員のお祓いは? 
新年になっての場で、年末の大掃除のときに、新年度が始まる時期に、お祓いをするというのもよいことです。社屋のお祓いといっしょにするのもよいですね。

□工場のお祓いは?
工場そのものに幽霊などが入り込むこともあります。製造機械の設置などでのお祓いは、会社のため、社員のためでもありますし、設置する人の安全のためであったりもします。
 
□パソコンのお祓いは? 
コンピュータを建物に設置するときにお祓いをしていた時代は昔のことです。しかし、気になる場合には、ご相談ください。 
 
□多くの自動車を使っていますが、どのようにすればいいですか?
間一髪のお話もよくお伺いします。ですから、交通安全のお守りをそれぞれにおつけいただきたいと思います。お祓いは、新車、中古車に関わらず購入時にお祓いをお勧めします。事故をしたり、危険な目にあったときにもお祓いをした方がよいように思います。一年に一度定期的にお祓いをした方が安心だと思います。たくさんの自動車を一斉にする場合は、現地でお祓いをさせていただきます。 
 
□船舶にお祓いは必要ですか? 
進水式は、かつては船開(ふねひら)き、船下(ふなくだ)しと呼んでいました。ヨット、ボート、客船、軍艦など、何でもお申し付けください。進水式に球を割ったり、シャンパンを割ったりする西洋の進水式でも日本の神さまにお祓いをお願いするのがよいと思います。あるいは引き渡された時にお祓いをするのもいいと思います。

幽霊が操舵していると言われる幽霊船のお祓いは、ご相談ください。
 
□飛行機を持っていますが、お祓いをしていただけますか?
20世紀初頭にイギリスの空軍パイロットが機械やコンピュータが異常な動きをする原因がグレムリンだと噂が立ち始め、第二次世界大戦でも東京の空襲をかけた米軍爆撃機が悩まされました。グレムリンは、機械にいたずらをする妖精です。

現在でも北米では航空機部品の納入時に、グレムリンへのお供えに飴玉をひとつ同梱していると言われています。

飛行機だけでもお祓いします。操縦士、整備員、保管庫もお祓いできます。

□ロケットの開発の予定がありますが、お祓いをお願いできますか?
完成時にお祓いをさせていただきたいと思います。現地までの送迎をよろしくお願いします。

□駕籠(かご)、人力車のお祓いはできますか?
大名駕籠など乗物、嫁入りの駕籠、観光用の駕籠、人力車でもお祓いします。蔵に置いてあるようでしたら、その中身全体もお祓いをしておいた方がよいと思います。古い物は、九十九髪(つくもがみ)と呼ぶ妖怪になりますのでご注意ください。

本日(6月19日)は、台風の影響で、お休みにさせていただきます

2012年6月19日 by syuseikai

本日(6月19日)は、台風の影響で風雨が強く、すでに当会の周辺の道路は冠水して、お越しいただけない状態になっています。

本日の当会の業務は、お休みとさせていただきます。

どちらさまも十分にお気をつけ下さい。無事にお過ごし頂けますことをお祈りいたします。

事業家のあの世への旅立ち

2012年6月13日 by syuseikai

事業家の皆さんも、肉体の衰えの後、死を迎えることになるでしょう。現実世界での華々しい、あるいは華々しいふりをして活躍をされた事業家の皆さんも、死を迎えられます。事業をしている時期はもちろん、その後でも寝込むまでは、その事業家の死を、当人はもちろん、周囲のだれもが、見渡せないほどにはるか先のことのように思ってきたはずです。

ところがにわかに死を迎える段になって、華々しい事業家たる面目躍如、その活躍にふさわしい死への門出が整えられるかと思いきや、意外に淋しいことになったり、仕事関係の方や親族での駆け引きやいざこざがあちこちで見られたりします。

あれほどの事業を成し遂げられたのに、あれほどに立派な事業家であったのに、それとは似つかわしくない意外な結末を見せられることが少なくありません。事業家としての偉業にもかかわらず、幸福な死とは言えない意外な事態に愕然とすることがしばしばなのです。

事業の継承に失敗したとか、財産相続に問題を生じたとかということだとは思えない、別のことがあるのです。昔、よく使われた言葉で言えば、「悪い因縁」が残ったと言う感じです。事業において解決を図らなければならなかったことが十分ではなかった、あるいはいくらか方向を誤ってしまったというふうなのです。

宗教は、死を扱います。決して逃れることのできない厳粛な宿命「死」をきちんととらえることのできる叡智は、宗教をおいて他にはないのではないかと思います。「死」に思いをいたすと、すぐさま「生」を思い、それは、飯(めし)をただただ食らって過ごせばよいというのではなく、「いかに生きればよいか」を問うことなるのです。

事業家の方々のただならぬ尽力が、自身と家族に良い成果となり、社会への貢献を存分に成し、心穏やかに旅立ちたいものです。

事業家の皆さまの参考になる記事を掲載します

2012年6月13日 by syuseikai

今後、事業家の皆さまの参考になるような記事を掲載します。

事業主の皆さま、起業を志す皆さまへのご挨拶

2012年6月13日 by syuseikai

事業主としてご活躍の皆さま、起業を志していらっしゃる皆さまにご挨拶申し上げます。
(この挨拶は、企業の経営者に限らず、普遍的な価値を見極め、激動の現代を正しく生きようとされるどなたにも、たとえば現在から未来に向けて家族を守り、豊かな生活を享受したい方、今後のための方向づけをしたい学生の皆さま、ご自身の才能を、将来、社会のために活かしたい方、時代の流れを正しくとらえて方向づけをしたい代議士の先生方などにもお読みいただければ、望外の幸せです。)

人類は、その歴史のはじめから、安穏として人生をおくることなどできない世界に生きてきたのではないかと思えます。幸福を存分に享受しながら、のどかな生活をすることなど叶わないものなのかもしれません。

自然は大きな恵みをもたらす一方で、私たちの手に負えない脅威ともなってきました。社会がもたらした組織としての力がもたらした幸福と不幸も人の営み故の当然のことかもしれません。

私たちの一人ひとりが、地上世界で存分に活躍し、満足できる成果をもって、人生を終えたいと誰もが思っているのではないかと思うのです。そしてたいてい人生の終わりごろになって、しすぎたことや、し足りないことに気づくのです。

とりわけ事業家の皆さんは、お一人おひとりの考え方が、ご本人やご家族のみならず、社員の方々や広く社会に影響を及ぼします。すばらしい活動を、事業主の方はもちろん、周囲の誰もが期待して希望をもっての活動だったはずです。しかし、実際には、艱難辛苦(かんなんしんく)に満ちていたのではないかとお察し申し上げます。

事業を立ち上げる時点で、あるいは引き受ける時点で、決してラクチンではないと想像できたはずです。もしその事業が世界に比類なきすばらしいものであるならば、他に類するものがないが故に誰にも理解されないことでしょう。引き受けた事業が何代にも渡って継承されたものであるなら、その伝統を守りながら、現代を生き延びなければなりません。いずれであっても、私利私欲ではできないことで、事業家は孤軍奮闘します。

それでは、事業家の孤軍奮闘の理由は、事業が社会性を持つがゆえのことなのでしょうか。事業家の行動は、社会のために見えて、自分のためのものであることも多いものです。

多くの人が、社会の不条理や自分自身のコンプレックスを子供の時から感じてきたことでしょう。それをそのままに受け入れたり、放置できる人たちもいます。しかし、そうできない人たちもいます。子供の時代からの高ぶる感情を、事業を通じて解決しようとする人たちがいるのです。それらは、立派な事業家の姿ではないかもしれません。しかし、そこで大きなパワーを発揮し、より大きく発展する過程で、人さまのために、そして社会のためにと思う気持ちが己の心に広がってくるのです。そうした発展の余地を残しておられる方の今後の活躍を私は楽しみにしています。

この世に私たちが生きる意味の一方は、個人的な成長のためであり、他方では整った世界をこの世に顕現させるためなのです。事業家の方が正しい道筋からわずかにずれても、大きな誤りとなります。その大きな責務が事業家お一人の双肩にかかっています。

正しく事業を推し進めるためには、安易な神頼みはできませんが、大きな配慮と正しい指針を受ける神頼みが必須なのです。ですから、目前の問題もおろそかにせず、日々を勤め、満足のいく活躍をされますようにお祈り申し上げます。